【目指せ!日刊小説】この五感では決して捉えられない僕という塊。
ビデオカメラ

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第一章 衝動



001 僕をカメラに収めたい。文章は苦手だ。第一、時間が掛かりすぎる。絵も駄目だ。写真は悪くないが、あまりにも偶発的で創作の余地がない。そういうわけで、ビデオカメラを買った。高校生活もあらかた片付けてしまった冬のことだ。



002 ちょうどあごの先か頭の天辺のどちらかが入りきらない。上下に動く。やはり駄目だ。とつぜん視線はこちらを外れ目的を探って彷徨う。止まる。着ているトレーナーの肩の辺りがぐっと近寄り、また離れる。今度はちょうど胸まで映る。ようやく納得した様子で、次は角度をいろいろに試す。彼、すなわち、この二十四インチのテレビ画面に映る〈僕〉は、ビデオカメラに搭載されたモニターで画像を見ることができるのだ。画面からはドアーズの『ブレイク・オン・スルー』が静かに流れる。間接的なので、オーディオからの音とはまったく違う、重みのない曇った音だ。他に音声はない。前ぶれもなく第一のシーンは砂嵐の幕を下ろす。



003 第一のシーンの反省を踏まえた上でよく考えた。もっと面白く、もっと如実に僕を捉える方法はないか。そして浴室を思い付いた。



004 素っ裸の後ろ姿ほど情けないものがあるだろうか。力なくふたつに割れた尻。丸まった背中には見られること、つまりカメラへの意識があからさまに現れている。ゆっくりと二の足を湯槽に沈めたのも束の間、陰毛に包まれたペニスから水を滴らせながら、落ち付かなげに流し場へ立つと、おもむろに腰掛けに尻を下ろす。すると画面の端にわずかに尻と背中の一部が残るのみで、なんとも的を得ない映像になる。たまらず早送りのボタンを押すが、的外れな映像は延々と続き、やっと動きがあったかと思えば〈僕〉はやはり水を滴らせながら真正面に近付き、画面右横に消えていった。なぜ浴室で撮ることを考え付いたのか、今となっては皆目分からない。絶望的なのは、それが現実に成されたということだ。



005 僕が僕を撮る。そのことに限界を感じた僕は、翌朝、スクールバッグにカメラを入れて家を出たた。しかし教室はセンター試験を間近に控え緊張感に満ちていた。だれかに僕を撮ってもらうどころか、カメラを取り出すことさえできなかった。さらに驚くべきことに、バッグの中にカメラがあるという事実が、僕と教室の間の溝を決定的なものにした。僕は大学受験への道から脱落したのだ。



006 学校帰りのマクドナルドで、単語カードを繰り続けるはる子にカメラを差し出した。「ちょっとさ、これで僕を撮ってみて。」しかしはる子の反応はひどく精神の均衡を失ったものだった。ため息を僕に吹き掛けるように吐き「今はそんなことをしてる場合じゃないの」とひとこと言って立ち上がった。それは、大学受験の意志を失い新調したカメラで僕を撮ろうとする僕を、完全に軽蔑した挙動だった。



007 午後7時。鍵を開けて暗い家に入り、廊下とダイニングキッチンの明かりをつける。コンロの鍋を覗く。今日の夕飯はカレーのようだ。カレーが温まるのを待つあいだに、冷蔵庫から付け合わせになりそうなものを探す。タッパーに白菜の漬け物。小皿に一人分を盛り、トレーに載せた。リビングの明かりを点け、テレビの電源を入れる。昨夜録画した、ニュース番組内の有名音楽家のロングインタビューを再生する。僕は台所からカレーライスと漬け物をリビングに持ち込むと、やっとバッグからカメラを取り出し、テレビ台に据えて録画ボタンを押した。



008 インタビューを見終え、さっそくカメラをテレビにつないだ。37インチの液晶画面に映るのは、インタビューに夢中になりながら晩餐する<僕>。孤独感を帯びたいい映像だ。母親は今日は深夜まで帰らない。カメラへの意識もほとんど見られず、たまに思い出したように視線を寄こすのも悪くない。ただひとつ残念なのは、孤独感を演出するために照度を落としたのが、映像を暗く見づらいものにしてしまったことだ。


009 机の上にカメラを固定し、数列の問題を解く手元と罫線のあいだに数字が埋め込まれていくノートとを撮影した。3問を解くのに要した時間は27分。27分間、僕は画面のなかの僕が書き込む数字とその指先だけをモニターで眺めた。普段の視線とは逆向きに見る僕の指先と筆跡は、ちょっとした美しさを持っている。ペン先は宙で小刻みに揺れたり、長く止まったり、慎重にあるいは調子よく進んだりする。思考の軌跡を視覚的に捉えているようで痛快だ。



010 教壇に立つ担任は、粘着質に語尾を強めるいつもの語調で国立大学試験について熱弁を振るっている。よく通る、耳障りの悪い声。厚ぼったいウールのスーツは、そのデザインの古さもすでに気にならないほど目に馴染んでしまった。生徒は一様に紺色の制服を着て整然と背中を並べ、今配られたプリント用紙を見つめている。もちろん僕も同じ、紺色の制服を着ている。それなのにぽっかりと宙に浮いたような気持ち。優越感とも劣等感ともつかない浮遊感。教室の緊張感が高まるにつれてこの感覚は強くなり、最初は居心地の悪さを感じていたものの、最近はこれをあえて享受するようになった。今では、手持ち無沙汰な時間を潰すための新しい楽しみにさえなった。椅子や机のパイプ脚の向こうに窓際のはる子の足首がある。ハイソックスの紺色が日差しを受けて眩しい。エンジ色のゴムスリッパにつま先を立て、足首をからめている。小さなくるぶしが陰影を持って形の良さをいっそう際立てる。バッグの中にはカメラがあるのにあれを記録できないのはもどかしい。




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